こんにちは
マナビツナグヒトのみこりんです。
私たちには目が2つあります。
なぜ2つあるのか?
それは「複数の目で物事を見なさいよ。」
ってことかもしれません。
しかし、往々にして、
私個人の見方に偏ってしまいがちです。
同じ物事でも、
見方を変えると、違う姿が見えてくる、
そのことを忘れないようにしたいものです。
今日は、違う立場からの見方について書いていきます。
例えば、子どもの見方、子どもの目で見るとどうなるかということです。
ふだん、すぐに友だちに手を出してしまう子がいました。
人がいやがる行為をすることも度々あり、
友だちが自然にその子と距離を置くようになりました。
その子は、ますます他の人の声に耳を傾けず、
いやがる行為や暴力もエスカレートしていきました。
気づくとその子の周りから友だちは離れてしまいました。
教師は、その子に指導しました。
「友だちがいやがることをすると一人になっちゃうよ。」
他の子どもたちも言いました。
「◯◯はイヤだと言ってもやめてくれないから、もう一緒に遊びたくない。」
その子は、『人がいやがることをする子』、という目で見られるようになってしまったのです。
でも、ある日、その子がぽつりと言いました。
「こうすると、みんながおもしろいって
言ってくれると思ったんだ。
みんなと友だちになりたかっただけなんだ。」
大人や周囲の子どもたちは、
その子がすることを、『人がいやがる行為』と見ていたのですが、
その子から見ると、『人がおもしろがるだろう行為』だったのです。
そのことに気づいた時、
大人も周囲の子どもたちもその子に謝りました。
「ごめんなさい、あなたの気持ちに気がつきませんでした。」
もちろん、行為としては間違っていましたが、
気持ちは間違ったものではなかったのです。
仲よくなるには、こうすべきだ、という偏った見方が、
その子の「仲よくしたい」気持ちを見えなくさせていました。
その子の気持ちに気づいたら、
その子がしてきた行為は、ただの過ちになりました。
子どもは、その未熟さから、
自分の思いをうまく伝えられないことがあります。
先に書いた子のように、違って受け取られるような伝え方を、
してしまうこともあります。
だからこそ、子どもの目で物事を見ることで、
その子どもの気持ちに近づくことができると思います。
私個人の見方から離れて、子どもの見方で物事を見る。
その大切さを、一人の子どもに教えられました。
読んでくださりありがとうございました。