誕生日は嬉しくない→嬉しい!と思えました

誕生日が嫌いでした。

自分の誕生日は、いつも非公開にしていました。

ごく親しい人か業務上必要な人にしか教えていませんでした。

ずっとそれでいいと思っていたけど

今年の誕生日は、「とても嬉しい日」と思うことができました。

誕生日は大嫌い、だからずっと非公開でした

私は自分の誕生日をずっと非公開にしていました。

それは、

「お誕生日おめでとう」と言われるのが嬉しくなかったから。

もちろん、家族や昔からの友人は違いますよ。

普通に、おめでとう、ありがとうのやり取りをしています。

でも、自分の中に、

お誕生日は嬉しくないという思いがあることに気づいてしまったんです。

自分が嬉しくないのに、誰かからおめでとうを言われるのも変なので、

人に言うのをやめてしまいました。

なんで、おめでとうが嬉しくないのだろう?

それを探っていったときに発見したのが、

〈私なんていなくたっていい〉

〈私がいたってなんの意味もない〉

という気持ちでした。

そのことに気づいた時も無感情でした。

何にも感じない、、、

それだけ

自分の誕生日は

単なるカレンダーの1日、って捉えていたのだと思います。

誕生日が嬉しくないのは、

自分が生まれて嬉しくないということなのか?

自己肯定感が低いのもそれゆえか?

とずっと思っていました。

ビリーフリセットカウンセリングを学んだ時、

私は「愛情失乏ビリーフ」「無価値ビリーフ」が強いことを知りました。

「愛情失乏ビリーフ」は

「自分は愛されない、受け入れてもらえない」と感じてしまう思い込みです。

「無価値ビリーフ」は、

「そのままの自分には価値がない、存在する意味がない」と感じてしまう思い込みです。

これらがコアにあるから、

私は人から受け入れられない、そんな価値のない人間、と

思いがちなことを知ったのです。

だから、誕生日も嫌いなのね、、、

ってものすごく納得したことを覚えています。

ビリーフリセットカウンセリングを受けて、

その心の仕組みを知り、客観視することもでき、

それらのビリーフとは距離を置いて捉えられるようになりました。

だから、表面的にはそんなに気にはしていなかったのですが、

誕生日はやっぱり好きじゃなかったですね。

誕生日が嫌いなわけは、人気者になりたかったから!?

誕生日が嫌いなのは、私のビリーフのせい。

そう思っていたのですが、

最近、また違うことに気づきました。

その前に、

このまま自己肯定感が低いのは

せっかく起業したのにうまくいかない可能性がある、

ということにも気づきました。

私は、セールスが苦手なのです。

セールスが苦手な方は他にもいると思いますが、

私が苦手な理由は、

愛情失望ビリーフや無価値ビリーフと結びついているのです。

人から愛されない、受け入れられない、価値のない私のサービスを

必要としてくれる人なんかいるわけない、、、

というビリーフがあるなあと思いました。

そこで、自分の心をじっくりと見つめることにしました。

 

ビリーフが生まれた原因は幼児期の親との関係や出来事にあると知っているので、

何が、これを作ったのだろう???と考えました。

そうしているうちに、「はっ」と思い当たったのは、

「愛されない」は「愛されたい」の未完了。

「受け入れてもらえない」は「受け入れてほしい」の未完了。

もしかして、私は、心の奥底には、

愛されたい、受け入れられたい、価値を認めてほしい、という思いが

強くあるんじゃないかしら・・・

そう反転して考えたら、もう一つ思い当たることがありました。

私は、人気がある人、人から愛されている人を

とても羨ましいと思っているのです。

羨ましいから、見ないふりしたこともあります。

(なんて子どもなんだ~~~?)

つまりは、私は手に入れられない、「愛」や「価値」を

「どうせもらえない!」と拗ねている状態じゃなかろうか・・・ってこと?

今までの自己否定の高い壁が、ガラガラと音を立てて崩れていく気がしました。

なに?私は人気者になりたいのになれないから

「どーせ愛されるわけないじゃん!」って、

「お誕生日なんて意味ないじゃん!」って、そういうこと?

いや~~、あほくさ。。。。

自分の欠乏を認めたら誕生日を公開できた

私は愛されたいのに愛されないから、

自分なんて価値がないと思い込んでいる。

その子どもっぽいビリーフの仕組みに気がついてしまったら、

お誕生日、公開することができました。

自分を愛さなければとか、

価値がなければ意味がないとか、

そういうビリーフもどうでもよくなりました。

欠乏ビリーフ、無価値ビリーフ、

その裏返しの

愛されたい欲求、認めて欲しい欲求も

あってもなくてもどっちでもいいや。

そういうフラットな気持ちを取り戻すことができました。

そうしたら、思いがけないことが起きたんです。

フェイスブックのタイムラインに、

お友達からたくさんのお祝いメッセージをいただいたんです。

普段、いろいろ交流している友達からも、

久しくお会いしていない友達からも、

「お誕生日おめでとう」

今まで、おめでとうと言われても、

そんなに嬉しくなかった(誕生日嫌いだから・・)のですが、

今年はめちゃくちゃ心を動かされました。

涙がドバッと出ちゃいました。

それを見ながら、

「あ~私はいてもいいんだ。愛してくれている人がいるんだ。」

ってしみじみ思えました。

「どーせ愛されない、いたって意味がない!」って

拗ねていた子どもがご機嫌を直してニコニコしているって感じです。

本当は、自分自身でそのことに気づけばよいのですが、

それが難しかったことにも気がつきました。

自分で自分を満たすのは難しい、、、、

そのこともよくわかりました。

人は、人に支えられて生きている。

お誕生日嫌いだった私がお誕生日をきっかけにそう思うことができました。

今年のお誕生日は最高です!

読んでくださり、ありがとうございました。

2年前もやっぱり、誕生日が嫌いって言ってました。笑

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この記事を書いた人

みこりん

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